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【39冊目】残月記

ファンタジー作家小田雅久仁による『本にだって雄と雌があります』以来9年ぶりの新刊。前作もたいへんに評判になって本屋大賞かなんかを獲ってたと思うのだが、今作も大いに話題になっている。
「そして月がふりかえる」「月景石」「残月記」の3編を収録した中短編集。それぞれ月を媒介に異世界とつながるという共通点はあるが、内容的にはつながりはない。

最初の「そして月がふりかえる」は、少年時代からの「月が自分だけを追ってくる」という強迫観念を抱えた男性が主人公。彼は大学教授として、妻と子どもたちとともに幸せな日々を送っている。ある日、家族で食事に出かけた際、トイレに立ってから戻ってくると、家族も含めて店内の人々がみな一方向を向いて固まっている。どうも、窓の外に月を見ているようだ。逡巡しながらも自分も月の方を見てみると……。そしてここで彼の人生は一変する。

「月景石」には月の風景が現れた石が登場する。この石は主人公の叔母の遺品なのだが、これを枕の下に敷くと恐ろしい夢を見るから決してやってはいけないと言われている。その石を見ると、かつて見た時よりも石に現れた月桂樹の葉がごっそり減ってしまっているように見える。同棲している年上の彼氏にその話をしてもまったく取り合ってくれない。彼からの挑発を受け、石を枕の下に入れて寝たところ、彼女は月世界に。胸の中に石の入った「イシダキ」と言われる人々が車で連行されているところで、彼女もその一人だったのである。やがて目を覚ますと、元の世界とは少し変わっていた。恐れをいだきながら再び彼女は石を敷いて床につく……。

最後の「残月記」が最長で、本全体の半分以上を占めている。一転して近未来を舞台としたディストピア小説。「月昂」という感染症があり、感染者は満月の時期になると凶暴になったり性欲が強くなったり、稀にクリエイティブになったりする。主人公はそんな月昂感染者の一人で、生涯に無数の木彫り彫刻を残した冬芽という男である。
感染症対策のためという錦の御旗を掲げた独裁政権が登場し、感染者たちはみな捕らえられて療養施設という名の収容所に入れられる。そんな中でも屈強な男たちが選ばれ、剣闘士となって秘密裏に命がけの戦いを強いられているのだ。冬芽も感染して捕らえられ闘士の一人にされるが、「勲婦」(勝利の報酬として与えられる女性、おなじく月昂の感染者)と強い結びつきを得る。

この設定だけを取っても、これを2019年に書いたというのはすごいなと思わされるのだが、後半の展開がまた驚く。小説家ってすごいんだなと改めて思った。もっと読みたいが、このペースだからこそ書けるタイプの作品なのかもしれない。
だいぶ前に、作家が作品にかけるコストというのが話題になったことがある。専業の作家はある程度数をこなさないと食っていけないが、ほかに定職を持ったうえで執筆している作家はいくらでも作品に手をかけることができる(磯崎憲一郎さんが登場したときに出た話題だった気がする)。
ぼくはどちらかというと大量に書きまくるタイプの書き手が好きなんだが、とはいえ兼業=アマチュアなんてのは過去の価値観だよなあと思う。それはまあ、インディのミュージシャンを見てると当たり前の感覚なのだけれど。